このところ、私の周りで結婚する人が続々と出てきている。しかもタメ歳の知り合いばかり。21世紀最初の6月というのもあるのか、それにしても3人立て続け。
うち一人は、中学生時代からの古い付き合いの友人だった。彼は今まで東京で警備員やっていたが、実家の方でやっている塾の経営を継ぐ、ということで、実家へ呼び戻され、ついでに嫁さんまでお持ち帰り。不意に携帯にメールが入っていて、それがその知らせだった。いつも唐突な奴だ。いきさつとか馴れ初めとかはよく知らないが、まぁ遊び人だった彼もこれで落ち着くというものか。今度帰省したら、ちょっと顔見に行ってやろう(嫁の)。
さて、私はといえば、相変わらずフラフラしている。実家へ帰る度に、母親が「そろそろどうなの」と催促するが、そんなアテもないし、今はそんな気もさらさらないっていう。でも、最近の連続ゴールで初めて、ああ、私もそんな歳になってきたか、と実感する。
とはいえ、結婚などしようと思ってできるものではない。まず、相手が必要である。そして、今のところそのあてはない。職場はなぜか女性が多いが、職場でそんな気にはならない。というか、職場で手を出したりして失敗したときのことを思うと下手なことできないという防衛体制になる自分がいる。意識的に女性を女性としてみないようにしている、といえるかもしれない。
結婚とは、何だろうか。異性同士くっつくこと、それだけではないだろう。結婚することで、少なくとも2つの家族同士の関係が生まれる。そして新たな”家庭”という社会が生まれる。子供もできれば、それを育てる義務や責任も生まれる。人間の結婚というのは、その他の動物のそれと違って、親と子、或いは孫、ひ孫が、ある一定の期間を共に過ごす。その時間も極めて長い。その時間の意味を考えること、それも人間に与えられた一つの使命なのかと思う。
とはいえ、やはり生物としては、雌雄がつがいとなり、子孫を残すというのが最終目標であり、そこは人間もそれ以外の生物も変わらない。しかし、人間以外の生物はその目的のためにストレートに行動を起こすものだが、なぜか人間はそうはいかない。人間社会では、そのやり方を間違うと犯罪者である。最近は昔に比べてもそのハードルが上がりに上がって、男女が結婚するなんて無理ゲーになりつつある気がしているのは私だけだろうか。