夜10時を過ぎたが、会社から駅まで歩くだけで茹だってしまう。
駅の階段を登ると、偶然会社の後輩がいた。
「お互い遅いね」
「そうですね」
仕事がそんなにあるわけではない。ただ、短期の開発ということで、検査やら受け入れやらの納期がこまめにあるのだ。それに間に合わせるために、最近みんな帰りが遅い。その後輩の手には釣りの雑誌が握られていた。
「へぇ、釣りやるの」
「ええ、ルアー釣りです」
「趣味?」
「もう、小学生くらいの頃からやってます」
「そうなんだ」
釣りが趣味とは。しかし、ルアーということは、ぼんやり待つようなオヤジ釣りではなく、ちょっとスポーツ感覚なのだろう。
「本当は釣り具の会社に行きたかったんですけどね。面接で落とされてしまいました」
「まぁ、釣具の会社に入ったからといって釣りが毎日できるわけじゃないでしょ」
「そうですね」
でも、その研究開発となると、釣りが仕事になるのか、とも思った。
「休みの日とか、釣りしてんの?」
「毎週してます」
「へー、飽きない?」
「飽きません。ずっとやってますからね」
これぞ本物の趣味、と思った。私にそんな趣味があるだろうか。彼の釣りに比べれば、私はほとんど無趣味かもしれない。本を読むのは好きだが、そんなに飛びぬけて、というほどでもない。映画も好きだが、毎週行ったりはしない。彼のそれに匹敵するレベルのものをあえていうなら、宇宙論?趣味なのかなぁ、これ。
仮にここで彼に釣りを教わったところで、それは私にとって趣味にはならないだろう。私にとっては釣りも、その技術も、釣れる魚にもさほど興味はないし、それに無理やり興味を持とうとしたところで、彼ほどの熱量で入れ込める自信はない。付き合いで終わるのが関の山だ。
とにかく、どんなに忙しくても、会社のためだけに働く仕事人間だけにはなりたくないものである。仕事も一つの業(わざ)ではあるが、それは与えられるものではなく、自分から挑戦するものであって業となるのだろう。もしそうなれば、それを趣味にしても良いか。
それにしても、釣りについて語る彼の顔は、それが楽しくてしょうがないという顔だった。ちょっと羨ましかった。