毎朝通う通勤路で、ちょっと気付いたことがある。
今のオフィスは、駅から徒歩10~15分ほどの場所にあるのだけど、その駅からオフィスまで信号が3つある。最初の信号は道幅の狭いマイナーな道路とメイン通りの交差点で、私はメイン通りを抜けるのでその狭い道を渡ることになる。
信号は設置されているが、車さえ来てなければ無視して渡ってしまっても差し支えないと思えるレベルの交差点が1つ目。2つ目の交差点はほぼ同規模の道路の交差点。こちらはよほどせっかちでなければ信号に従うべきと思えるもの。3つ目は2車線道路と4車線道路との交差点。4車線の広い方の道路は車の往来も多く、そこに信号は必須。
で、気付いたことというのは、この最初の小さな交差点で赤信号にかかってそれを待つと、2つ目と3つ目の交差点でもかなり高確率で赤信号になるということ。おそらくは、歩行者よりも車を流すことを優先させていて車がスムーズに流れやすいように信号も調整されているんだろうと。そうすると、歩行者はその煽りを食らってそれらの信号機の連携は歩行者にとって最悪のものになるのね。まぁ、何かをある者に恩恵があるようにもっていくと、その裏でとばっちりを食う者が(ほぼ必ず)出るということなる。そして、実はその最初の小さな交差点で赤信号になった場合、それを無視すると、なんと2つ目と3つ目の交差点では高確率で青。バカ正直にルールを守ったって、その先も良いことがない。
ちょっとルールを破って動いた方が物事は好転する、みたいな。何というか、ルールは破るためにあるとかいう言葉もあるが、そのルールが破っても問題ないルールなのか駄目なルールなのか、そこを自分で判断するってことが大事なのかなとも思えてくる。何でもかんでも定められたルールに従っていれば良いのか。もしかしたらそのルールは実は不合理で理不尽なものではないのか。
とはいえ、交差点の信号は守るべきものではあるのだが、明らかに車が来てなくて赤信号の横断歩道と、青信号だけど暴走車が突っ込んでくるのが見えてる横断歩道では、どちらが渡っても安全かといえば、そんなのは明白だ。
いや、ルール破りを正当化するつもりはない。ただ、常に人が決めたルールに従っていれば良いという考えは、何か被害に遭ったときに自分以外への責任転嫁の理由にはできるけど、最初から何か被害に遭わないようにするには、都度自分で判断して行動するってことが肝要なのではないですかって話。
ルールというか、決まり事とか他人同士の一般的な合意というのは、とりあえずそうするものだとお互いに理解しあえる理由になって、お互いの摩擦を少なくする潤滑油の役割を果たすものだろう。その意味で、多くの他人と触れ合って生きていく上で何らかの常識的なルールというのは必須のものではあるのだろう。
でも、それも、常に正しいものはないのだ、という前提の上で自分の行動には自分で考えて責任を持つようにしなきゃいけなくて、そうでない人が多いから、人任せばかりで文句ばっかりいってる、そんな人が多いんじゃないかなぁ、と思ったりもするわけで。まぁ、そうはいっても、とりあえず信号は守りましょうね。
コメント
Twitterからコメントテスト。