帰りの電車が遅れていた。駅のホームには人が溢れている。駅員は忙しく無線や駅放送などで連絡を取り合っている。そうか、今日は横浜国際でコンフェデの準決勝があったのだ。今日は平日で、普通に出勤しているサラリーマンやOLに混じって雨でビショ濡れになったサポータのような人たちもいる。競技場では、どんな熱戦が繰り広げられていたのだろうか…
そんな人込みの中を抜けていく自分というのが、何だかとても卑小なものに思えて仕方がなかった。こんなことを思うのは、実は職場でその伏線があったからだ。
我が職場に新たに9人の新人が配属になり、みんな新人とも思えぬ堂々たる仕事振りを発揮している。何ていうか、力強い。前提知識が、私などとはまるで違う状態で採用されているのだ。私は、会社創設一年目にして採用された一期生で、実際、人数合わせという感は否めなかった。
ところが、三期生あたりから、明らかにその質が変わってきた。これは肌で感じていた。ともすれば、入社4年目の私などよりずっと”使える”新人たち。というか、ともしなくてもそれは現実だと思う。そこに何とか自らの優位性をみるなら、それは今のプロジェクトや開発の経験による知識のみである。そしてそんなものは、彼らならものの数ヶ月で身に付けるだろう…
超満員の電車でスシ詰めになってる自分が、何かとても脆弱でくだらないザコキャラに思えてくる。そんな中、サポータたちの何かやり遂げたような表情を見ると、彼らの方がずっと高位の人間に思えてくる。こんなことを思うのは、時期遅れの五月病だろか。そろそろ別の何かを企む時期か。
来年で社会人5年目である。節目といえば節目かもしれない。