今年終了まであと24時間もなくなってしまった。
全くもって恐ろしい話である。こういうときによく思い出す話があるのだけど、いわゆる「待ち遠しさのパラドックス」という感情というか感覚の矛盾について。いわゆる……というほど一般化してる話かどうかわからないけど。人は未来の何かを期待して時が過ぎ去るのを望むことがある。例えば、夏休みや冬休みが早くこないかと望む学生諸君とか、意中の人とデートに行く日があれば、早くその日にならないか、とか。(まぁ、後者は爆発しろ)こういう感情を「待ち遠しい」というけど、実は、時間が流れるということは、その時間が過ぎ去るということ。
即ち、それだけ自らも歳を取る、ということだ。夏休みが終わったら、早く次の冬休みにならないかなーとか、それは間の秋から冬にかけての期間消えてなくなれってことだ。特に望まなくても、実際にその日、その時は必ず来るわけだが、まだその時より前においては「待ち遠しい」という感情が沸く。それは、究極的には老化して死が近づくということなのにね。待ち遠しいということは、つまり、待つしかない、ということ。
それって大抵受動的なことだと思うのだけど、自分から何かアクションし続けていれば、待つという行為をしなくていい。むしろ、時間が過ぎるのが惜しいと思うようになると思う。何となくだけど、終わってみて「あー、何かあっという間だったなー」という感想を持つ年って、その“待ち”が多い年だったんじゃないかと。待ってばかりで、自分で特別何かをしてこなかったんじゃないかと。何もしなかったから、得られた経験も薄くて後から体感時間を振り返ってみると、すごく短いものだったと感じる。確かに、何か楽しみなことが先にあると待ち遠しいのだけど、それが自分の努力によるイベントなのか他力によるものなのかでその間の充実っぷりというのが随分と違ってくるんじゃないか。
してみると、私なぞ、ずっと待ってばっかりなんだな。待つというか、待ちたい何かがあるわけでもないんだけど、ただもうアテのない何か良いことが棚ボタで来るのを期待してるというか。結局どうしたいんだオレ?という状況。別にダラダラとその日暮らしでやっていくのも楽しいんだけど、何か達成感みたいなものはないのは確かで、そういう欲求を満たすためにゲーマーの道に走ってるのかもしれない。そうしながら、リアルでも何か確変イベント起こらないかと期待する。
漫画アニメの世界だと、そういうウダツの上がらない主人公になぜか可愛娘ちゃんが好意を寄せたり、超絶能力が備わってたりして、地球を救うスーパーヒーローになったりするもんなんだけど……もういい歳なんでそんな厨二展開を期待してるわけでもないんだけど、漫画やゲームでそういうのが実現されてるのを仮想体験すると、リアルは二の次でいっか、なんて思ったりもするわけで。
そういえば今年の初めに何か目標立てた気もするけど、もうコロリと忘れちゃってるし。せめて、後悔しないようにという努力はしてるつもりなんだけど、後悔先に立たずですから、それも挫かれることは少なくなくて、ずっと「あー、あんとき*****だったら!」と思うこと多々なのはわりと避けられないと悟りつつもあり。ならどうするんだとなれば、思い至った結論は、もうそのときにおいて、自分がコレが一番良いと思った選択をするということ。ま、なかなかできませんがね。一番良い選択は、大抵何らかの小さくない努力が強いられるので、いつもあまり良くないと知りつつ楽な方を選択してるから。某アニメのセリフじゃないですが、逃げちゃダメだってことで。
というのが一番なんだけど、ダメな方に流れるという、ここからまたそういうメタ的なスパイラルになったりしちゃったり。待ちガイル戦法も時には有効だけど、積極的に撃っていかないと、自他共に認める勝利にはならない。わかってるのよ。ゲーム脳なんでそんなこと重々承知。でも、別に他に認められる必要はなくて、自分が満足できるなら、それでもいっかなーなんてのも解の1つではないかと思う。身も蓋もないのだが。嫌なら無理に苦労することないだろってこと。本当にやりたいことなら、努力も惜しまないだろうし。
とりあえず、まずは何をしたいかから見つけないといけない。このままSEやっていたいのか、何か打って出て一儲けしたいのか、今のスキル活かしてガジェットアプリでも当ててみるか、漫画家は今さらアレなので物書きやって印税生活でも目指すか、予てからの夢である喫茶店でも始めて隠居生活するか……明らかなのは、現状維持以外は、待ちでは実現できないってこと。