理研CDB(発生・再生科学総合研究センター)のセンター長である笹井芳樹氏が、先日亡くなった。複数の報道によれば自殺とみられるとのこと。笹井氏は、今年初めから科学・生物学・医学界隈のみならず、世間一般をも騒がせているSTAP細胞の論文に関わったその責任者の一人でもある。ただ、その前に彼は発生生物学の方面で数々の研究実績を上げており、世界的にも胚性幹細胞(ES細胞)の第一人者として認められる程の実力者だった。それがゆえに今回の自殺は、彼の周囲だけでなく、日本国内や海外の学会全体にも大きな悲劇だったといえる。
では、彼はなぜ自殺してしまったのか?は、もう愚問か。STAP細胞を巡る一連の騒動が、彼を自殺に追い込んだ主因に間違いないことは明らかだと思う。該当論文の筆頭著者は小保方晴子氏だが、その指導役として名を連ねていたのは笹井氏。他にも論文の共著者はいたものの、全体を監督する立場にあったのは笹井氏ということになるので、場合によっては筆頭の小保方氏よりも強い非難を浴びる位置にいたはずだ。
そして、そこでやはり私が疑問なのは、何と言ってもSTAP細胞そのものについて、そしてその論文発表に至った経緯だ。
もはやいうまでもないけれど、STAP細胞に関する論文は全て撤回された。これは、その論文の一部(といえど、かなり多くの部分)に他所からのコピーと見られる文面が認められたことや、添付されている画像が小保方氏の過去論文やその他の場所からの転載、流用、さらに画像の一部に加工や改ざんの形跡が認められたことなどから、その論文作成に不正があったと理研自身も認めるしかない状況に追い込まれたため。実際、それらの指摘はうっかりミスとかタイポといった類の過失ではなく、作為的にやらないとできなものばかりだ。要は、この論文は最初から世間を騙す目的で捏造されていると言っても過言ではないと思う。
しかし、である。こんな不正はちょっと調べれば分かること。実際、この論文の画像がおかしいと指摘されたのは、1月29日に発表されてからわずか1週間後の2月5日、PubPeerという学術研究系コミュニティ上でのことだった。それを皮切りにあらゆる方面から論文の不正が疑われる箇所が次々と指摘され、わかってみれば専門家でもない素人でも分かるような改ざんがいくつも発見された。1箇所や2箇所というのではなく、もうあちこちに。私がそのことを知ったのはスラドやAsyura掲示板といった大衆的な(いや、少々オタク向けであるが)ネット掲示板だったのだけど、そこでの(おそらく素人同士の)議論や指摘内容を見ても、改ざん、捏造だと思うしかない”作品”が上げられていた。
当の小保方氏はどういう意図でこの”捏造論文”を発表したのか。本人によれば、苦節数年に渡って論文を投稿してははねつけられて泣かされていたということだったが、それが本当なら、そうまでしてこのSTAP細胞の存在を訴え続けていたその真意は何なのか。科学者・研究者の本来的な精神、探究心、その技術を実用化し再生医療に役立てたいから…というには、その論文があまりに誠意が無さ過ぎる。仮に、1度2度STAP細胞が上手に出来たことがあるが、再現性が極めて低いか、わかりやすいエビデンスが取れず、論文には仕方なくそれっぽい画像を貼り付けて出してみた、ということだったとしても、その論文発表後、第3者による再現実験がただの1度すら成功していないことから、実用化など現段階でほぼ無理目であることも判明している。小保方氏はSTAP細胞を「200回以上は作成した」などと言っていたけど、本人が立ち会っての再現実験さえままならない現状では、その言葉の信憑性は皆無だろう。
しかし、これは(テレビやネットなどの映像や彼女の話しぶりからの)完全に私の主観だけど、小保方氏がそこまで悪女のようには見えない。何というか、人を騙す側というより、どちらかというと騙される側の人なんじゃないかという印象さえある。あのぼーっとしたような風貌すら彼女の大芝居ということになれば、大した役者だと思う。それとも、彼女には本当に悪意がないのか。天然で全く悪びれず画像の加工をお絵かきするノリでやっちゃったのか。「それの何が悪いのぉ?」というアレか。そういえば、小保方氏の学生時代を知っている人にいわせると、彼女は「不思議ちゃん」といった様相だったとのこと(2ちゃん情報)。尖った理系の人間は常識のネジが2、3本くらい飛んでるような人も多いようだけど、小保方氏は悪意なき悪事を働ける、そういう系統の人間だったのか。
もしそうでないなら、他の誰かにハメられてる可能性もなくはない。しかしその場合、そのハメてる誰かの意図がわからない。小保方氏を失墜させるためか。その上司である笹井氏の失脚が目的か。はたまた理研自体の崩壊を狙った周到な計画か。それをすることで、どこかからどこかへお金が動くのか。この手の陰謀を想像し始めるとキリがないのだけど……。
いずれにしろ、小保方氏がおかしな論文を書いたとしても、それを実際に発表するまでにはいくつかの手順があったはずだ。論文というのは、まずプレ段階で一度レビューをするものなのではないか。そのレビュアーはSTAP細胞の作成実験に立ち会うであるとか、それができなくても証跡を再鑑するなどしなかったのか。最低でも発表前の最終版くらいは一通り目を通しているものではないのか。そしてそのレビュアーの中に少なくとも笹井氏はいたはずだ。何しろその論文の責任者として共著者に名を連ねているのだから。論文の当事者であり、指導者であり、さらにはES細胞の専門家でもあった笹井氏が、果たしてその論文を見て本当に「STAP細胞は存在する」と思えたのか。
何故そこに疑問を感じているのかというと、笹井氏が本当に小保方氏(の阿呆な論文)に騙されたのか、そうは思えないというのが私の個人的な思いで、それは、発表からわずか数日で当事者でない人から不正を見抜かれた、というのがどうも解せないからだ。それを指摘した人も、学術論文なぞに目を通す以上はそれなりに経験や知識がある人なのだろうとは思うけど、それでも当事者以外の人が見て不正とわかるものが、その当事者、まして専門家、その指導責任者という立場の人の目から見ておかしいと感じられなかったのかと。
この論文に対する数々の指摘は、例えば stapcells.blogspot.jp などによくまとまっているけど、そのうちネイチャーに発表された小保方氏の論文 “Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency” の一部が、2005年9月に発表されていた他人の論文のほぼ丸写しで、さらにその中の”KCl”(塩化カリウム)の表記が”KC1″など意味不明な文字列になっているなど、仮に転載元を知らずとも、普通に読んでいればタイポの指摘くらいできるだろうというようなものもある。画像の転載や改ざんも、素人ならソースを知らなかったり、よく見ないと切り貼りなども見抜けないかもしれないけど、小保方氏の指導役であれば本人の過去論文も目を通しているだろうし、そうでないにしろ、日常的に同じような資料画像や実際の実験にあたっていた笹井氏が、本当にそこに気付くことができなかったのかどうか。
そうだな。もしかすると、本当に気付けなかったかもしれない。笹井氏は普段から非常に忙しく、小保方氏の論文にも責任者として名前を貸しただけだった……としようか。その上で、その論文の不正が白日の下に晒されてしまった。どうやら本当に不正な捏造論文だったようだ。しかし、その後も解せない。
仮に、論文発表前には不正を見抜けなかったとしても、発表後、不正が発見され、言い逃れできないような状況にまで追い詰められた段に至っても、笹井氏はSTAP細胞の存在を否定していなかった。小保方氏に宛てたとされる遺書にも、STAP細胞の再現実験を努力するように書かれていたという。もし、最初からSTAP細胞などというものは存在していなかったとすると、当然、笹井氏も実際にそれを見たことはないはずで、不正があったと分かった上でその論文に接し、そこに書かれている理屈ではSTAPは発動しない(発動する可能性は極めて低い)ということは、誰よりも笹井氏が一番よく把握し、確信できたことだと思う。その上で、自分の命を絶つと決意した最終段階に至るまで、彼はそのSTAP細胞を否定していない。
ありがちな日本人の自殺の動機としては、最初からその不正を知っていたが虚偽の事実を訴え続けていて、それがいよいよ隠しきれなくなり、最後にその罪を認めて自分の命で償う、といったあたりが想像できる。しかし、今回はそのパターンでもない。或いは、STAP細胞は存在しないと知りつつ、存在するかのように偽ったまま死んだのかもしれないが、それならそれで、そこまでしなければならない何かがSTAP細胞にあったとなると、一体それは何なのかという疑問が代わりに湧いてくる。
いずれにしろ、STAP論文の責任者としての笹井氏には世間からの非難が集まっていた。加えて、理研内部や政治方面からも、理研の地位を失墜させたという罪状や、STAP細胞の再現実験を進める上でも大きなリソースや費用が割かれることについてかなり追求されていたとのこと。マスコミにも様々な形で報道され、例えばNHKの特集番組で、小保方氏と笹井氏が男女関係にあったかのようなワイドショー的な報じられ方もしたらしい(私はそれを見ていないが)。とにかく、ここ最近の彼へのストレスは尋常ではなかったはずだ。そのことを考えれば、彼が自殺に思い至るほど精神的に追い込まれていたということは理解できる。
この件の疑問は、やはり、誰よりも事態をよく知っていたはずであろう笹井氏が、最後までSTAP細胞は存在するといい続けていたこと。そのまま受け取れば、論文は拙くても、実はSTAP細胞は存在するか、それが存在すると考えられる何かを実際に笹井氏自身の目で見ていたか(そのような本人コメントもある)なのだけど、それを確かめるには、いくら費用がかかろうとも、小保方氏立会いの下で、その一部始終を全面公開の再現実験をするしかないのだろうと思う。それでSTAP細胞が再現できたなら衝撃の大逆転劇、マスコミの見事なまでの手のひら返しが見られることだろうし、やはり再現できませんでしたとなれば、小保方氏なり共犯者なりに一体どういうことだったかを徹底的に問い正した後、裁判にかけるなり独房に放り込むなりすれば良いのだと思う。