IT技術者を個人事業主としてやっていく場合、従来のように案件の受注や契約などの営業業務から実際の開発業務までを全て1人でこなす形態もあるが、ここ数年で、営業や契約などは別のエージェント会社に委任して、事業主自身は開発業務のみに従事するという形態も一般化してきている。以下、その前者を完全独立型、後者をエージェント型と呼ぶことにする。
エージェント型の個人事業主は、もともとIT系企業や製造系の企業内で開発をやっていた元社員というケースが多い。それは、ずっと社内での開発に従事していた為、営業の経験がほとんどなかったり、業界のネットワークがなかったりするからだ。この場合、そのまま完全独立型の個人事業主となっても、おそらく受注できる案件はSOHOで出来る程度の小さなものばかりで、報酬額もそれなりである。金額ではなく自由を求めて独立する人であればそれでもOKだろうが、サラリーマンよりも稼ぎたいと考えて独立する人は、まずはエージェント型を選択することになる。
それぞれの利点と欠点
完全独立型とエージェント型の違いは、上記の通り、案件の受注を個人事業主自身が行うか他者に任せるか、である。他者に任せる場合は、当然その手数料がかかることになる。手数料の額はエージェントによって設定が異なるが、相場としては報酬額のおよそ5~10%程度となっているようだ。これを高いと考えるか安いと考えるかは人それぞれだが、それだけのサービス料を払って事業の手伝いをしてもらう、と考えれば、そう高い額ではないのかもしれない。
完全独立型の最大の利点は、エージェントを使わないのだから、当然顧客から受ける報酬は100%手元に入る、ということだ。仮に、月額50万円の案件を受けたとする。あるエージェントを使うと、その10%の5万円が手数料として差し引かれ、実際に事業主に支払われる額は45万円となるが、完全独立型の場合は、50万円まるごと事業主に支払われる。逆に欠点は、案件探しから営業、その受注までの作業も事業主がおこなわなければならないということ。本来、個人経営とはそういうものだが、エージェントを利用すれば、手数料と引き換えにその手間が省ける、という差があるということだ。
エージェント型の利点、欠点は、完全独立型のそれの裏返しということになる。営業、契約などの業務を自分で行う必要がないのが最大の利点であり、その分手数料がかかるということが欠点となる。
コンプライアンス上の問題
近年、個人事業主の派遣労働という形態の違法性が叫ばれるようになり、エージェント型を選択する際に、その顧客とエージェント、そして個人事業主との間の契約形態に注意する必要が出てきている。
端的にいえば、その人員が個人事業主か労働者かの違いで、適用されるルールが異なってくる、ということ。労働者であれば、雇用者がその人員に対して基準以上の労働を強いないように労働基準法などの法令により保護される。これが個人事業主である場合、事業主の意思でその業務に従事していることになるので、何ら保護を受けない。
このことにより、個人事業主は、実際は労働者として派遣されているのに、法令では何の取締りもない為、不当な賃金で過剰な労働を強いられる可能性がある、ということになる。実際、そのような現場も幾多とあるようだ。
最近になって厚生労働省や各労働局がこの問題の解消に取り組みはじめている。今後は、ソフトウェア開発会社、或いは派遣業者に積極的にチェックを入れていくとしており、もしそこで労働者派遣事業法に抵触していると判断された場合、是正勧告ばかりでなく、悪質な場合は「1件当り1年以下の懲役または100万円以下の罰金」が課せられることになる。
個人事業主は救われるのか
労働局の取り組みは、本来は個人事業主を救済するためのことであるが、個人事業主にとって必ずしも良い動きではないとされている。というのも、上記のようなチェックが厳しくなると、ソフト会社や派遣業者は、個人事業主として登記している人を派遣労働者として利用しないような流れになるのでは、という懸念があるからだ。
実際のところ、エージェント型の個人事業主のほとんどは、顧客と業務請負(委託)の契約をするものの、実態は労働者派遣と変わらない作業形態であったりする。これが、いわゆる「偽装請負」と呼ばれる形であるが、これが禁止されると、現在その形態で業務についている個人事業主のほとんどは路頭に迷うことになってしまう。
ところで、当の個人事業主がその偽装請負を不当に感じているかといえば、必ずしもそうではない。というより、エージェント型を採る以上は、偽装請負のような形も普通だと認識されているケースがほとんどである。特にサラリーマンから独立してエージェント型の個人事業主となっている人は、法令による保護を受ける受けないという意識はほとんどなく、月収、年収が大幅にアップすることを重視しているのではないだろうか。同じ仕事内容でも、サラリーマンで給与として受ける金額よりも、個人事業主で報酬として受ける金額の方が圧倒的に多いのだ。
自分は偽装請負か
今の仕事が偽装請負かどうか心配なところだろう。
まず、契約が派遣契約か請負(委託)契約であるかだが、個人事業主が自らを労働者として他所へ派遣することは法律上できないので、契約上は業務請負、或いは業務委託などとなっているはずだ。
その場合に、個人事業主としての業務であることの条件として、開業届けを出していること、確定申告をしていることなど事務手続き的な条件もいくつかあるが、個人事業主としてやっている自覚がある以上は当然それらはクリアしているだろう。
問題は業務形態。まず、勤務状況や指揮命令系統(つまり、勤務時間や具体的な作業指示など)が現場管理になっている場合は即アウトである。というのも、業務請負である以上は納品物の完成責任のみが発生するのであって、その作業を具体的にどう行うかは事業主自身が決めるべきことだからだ。現場に勤務表を提出したり、日々作業の指示を受けていたりといった場合、それは労働者と同等ということになる。そして、実際のところ、エージェント型の業務形態はこのパターンである場合がほとんどなのである。
打開策はあるか
これを合法的にする場合、いくつかの選択肢がある。
ひとつは、もしエージェント会社が労働者派遣の免許を持っている場合、そのエージェント会社に入社し派遣労働者となる方法。これならば、個人事業主という枠は無関係になるので極めて合法的だ。しかし、こうすると、所得は給与ということになり、所得税や各種保険は源泉徴収という形になり、毎月決められた額を天引きされる。この場合、個人事業主の報酬に比べると月収は確実に下がることになる。何より、これはフリーランスからサラリーマン生活に身を転じるということになり、ほとんどの人にとって不本意な選択肢だろうと思われる。
2つめは、業務形態を本来の請負の形に改善すること。これがベストな選択肢であるが、顧客(現場)側としては、もともと派遣労働者の位置づけで雇用している人員を、ある日から突然請負扱いでヨロシク、ということは現実問題として難しいだろう。ただ、(業務の内容にもよるが)柔軟で寛大な顧客であればそれも可能かもしれないので、一度願い出てみるのも良いかもしれない。
今後のIT個人事業主
偽装請負の問題は、エージェントとなる会社が、個人事業主の報酬から中間マージン(手数料)だけをとって、実態は労働者として派遣されているのに、形式的には個人事業主であるため、業務に関する一切の責任もその個人(事業主)に負わされる、ということだ。つまり、エージェント会社は雇用責任を負うことなく手数料だけを取ることができ、個人事業主は一方的に様々な負荷と不利益を被っている、ということになる。
ただ、上記のような事情を理解した上で、それでも構わない、という個人事業主も実情として多い。要は、エージェントに仕事を紹介してもらって、その仕事現場に出向いて、日々の作業をして、お金を貰う、ということ。この主体が法人でなく、個人になっているだけ。これはこういう事業ということで良いのではないか、ということだろう。もちろん、個人事業主本人が、法令による労働者としての保護対象とならない、また、業務上の問題が発生した場合、個人というのは非常に立場が弱いということも、そのような形態で事業を続ける以上は十分理解する必要はある。
このあたりは、近年の個人事業主の新しい働き方に対する法整備を期待したいところである。