量子力学の考え方では、
モノゴトは、それが観測された時点で決定する、
という、性質というか、原理があります。
実際は、誰が観測しなくても、
そこで何かが起こっていれば、それは起こっている、
はずなんですが…。
いえ、起こっているのは確かに起こっているのだけど、
それは可能性のある限りの事象が全て起こっている、
ということになるのですね。
ここにひとつ面白い思考実験がありまして…
二重スリットの話を以前に書いたことがあるかと思います。
光源→2本のスリットの入った板→スクリーン、
という並びを作って、
光源から光を発射してスクリーンに現れる模様を観察する。
ここで、光源からは光子を1つだけ飛ばすようにする。
これで、光子が単なる粒子であるならば、
2つのスリットのどちらかを通過してスクリーンに衝突するはず。
であるのに、
スクリーンには光子が両方のスリットを同時に通過して、
その2者がお互いに干渉した結果の縞模様が現れる…。
これをさらに回数を繰り返せば、
その縞模様は、いよいよ波のそれらしくなってきます。
ここまではよく説明されてる話。
まぁ、光子はただの粒子ではないんだぞと。
波と粒子の両方の性質を兼ね備えている「量子」なのだと。
量子はいいでしょう。
問題は、この2つのスリットを同時に通過する、という考え方。
1つの粒子がです。どう考えても無理です。
でも、それはアリなんです。量子力学では。
アメリカにファインマンという頭の良い学者がいまして、
彼は、取りうる全ての可能性を経て今の時点にあるのだ、
という「経歴総和」という考え方を提唱しました。
現時点を観察して、
それに至るまでに可能な限りの道筋をたどってきている。
観察する、観測する、ということは、
量子力学では「波束が収縮する」といいます。
波というのは波動関数のことで、
波動関数というのは、可能な全ての事象の重なり合った状態、
というわけです。
これは、マクロ的に、
事象をそう(見た通りのものごとに)決定する、
ということに相当します。
つまりですよ。
光子がスクリーンに到達する前に、
その状態を知ることもできるわけです。
光子がスクリーンに到達する直前というのは、
既にその光子は2つのスリットを通過しています。
そのいずれを通過したのかを、
時間的に後の時点で決定しているということです。
まだピンとこないか。
要するに、
その事象がどういう風に起こるか(実際は起こったか)ということを、
事後に決めてしまうことができる、ということです。
既に起こっているはずの事象をです。
光子が右のスリットを通ったか左なのかということを、
それが通過してしまった後に「右だ」、「左だ」と決定できるのです。
ホイーラは、これを「遅延選択」と呼んで、
さらに宇宙論に発展させて考えたようですね。
今の宇宙を決定しているのは、実は…
そこまでくると、宗教じみてくるなー。
こういう話が自然科学なのだから、
常識というのがどこまでアテになるのかならないのか
…というか、
感覚の限界をしいて常識を作るしかないんだなぁと、
つくづく思うのでした。
でも、面白いよね。こういうのがSFでなく、現実なんですよ?