いろいろな考え方

自分の価値観が全てだと思っている?
自分の感じる感覚が皆も同様だと思っている?
自分の見ている世界が現実だと思っている?
自分の知っていることしかこの世界にはない?
世の中、こういう人が多くないですか。
大切なのは、自分以外の人の立場に立って考えられるかどうか。相手の気持ちが考えられるかどうか。今のそれではない別の可能性が考えられるかどうか。要するに、客観的なモノの考え方ができるかどうかだろうと。
自分は、生きている限り「自分」というその檻から出ることはできません。まずその自分という視点ありきで、その価値観でモノを見る。客観的だと思っているそれも、実は「自分」というフィルターを通した後のインプットでありアウトプットだということ。そういうことを本当に理解しているだろうかと。自分の考え方は客観的なのだという思い込みこそ主観的だったりする。
考え方も価値観も、その人が生まれ育った国によっても違うし、同じ国でも地域や文化によって違うし、同じ文化圏でも家庭や周辺の環境の違いで、様々に変容するもの。自分が常識だと思っているそれは、実は他人にとっては常識ではないかもしれない。むしろ同じでない可能性の方が高い。基本的に自分と他人は別の生き物だという捉え方が必要なんだろうなと。これはよりマクロレベルでみて、他の家庭、他の地域、他の国では、さらに異なった思想や価値観の人がいると考えるべきでしょう。
そしてその逆も然り。他人がそうであるから、自分もそうであるべき、というのは、場合によってはそうかもしれないけど、必ずしもそうでないこともある。自分は自分、他人は他人と割り切ることも、人生においては必要な考え方だったりすると思うのよね。
ケースバイケースですが。
まあ、国同士でお互いに文化や価値観が違い、重要だと思うものも違うから、国同士の諍いや戦争なんてのも起こるわけで、歴史的にこの衝突は続いてるわけだけど、いつの時代においても、一度感情的になって衝突してしまったら、それ以降相手の気持ちなんて考えられなくなるんだろうなとも思う。そもそも、考えてるのは最初から自分の利害のみで、相手の事情なんか微塵も考えてないのかもしれないけどね。
それはそうと、郵便受けに自動車税の納付書をみつけてしまった私の今の気持ちとしては、とても鬱ということです。

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