言葉の落差

今日のNスペは、アフガンのテロリストに対して
米軍が無人兵器で対抗しているという内容だったんだけど、
それを見ていて漠然と感じた違和感について。
近年アメリカでは兵器の無人化が進められているらしく、
自爆テロを繰り返す危険な中東のテロリストに対して、
最近の米軍は無人機を使って空爆を行っているとか。
その中で、若い米軍兵士や無人機の訓練を受けている生徒、
或いはそうした兵器を売っている企業のセールスマンなんかの
コメントやインタビューもあったんだけど、私が気になったのは
彼らの言葉の中に出てくる「殺す」という言葉。
自爆テロとか無人機を使った作戦とかについても
いろいろ思うところはあるんだけど、今回はそれよりも、
その「殺す」の使われ方というか、意味合いについて。
何かね、どれも非常に明るい文脈の中で使われてる気がして。
「自分は安全な場所にいて相手を殺せるんだ。カンペキね♪」
みたいな。
これって、喋ってる本人が認識している言葉の感覚と、
それを聞いて受け取る視聴者の感覚との間に
もしかしたら、結構大きなギャップがあるんじゃないか?
と思ったり。
吹き替えだったんで本当は何て喋ってるのかわからないんですがね。
多分、「kill」という言葉が訳されて「殺す」になってるのかなと。
日本語の「殺す」と、英語の「kill」。
果たして同じ意味なのか。
いや、同じ意味なんでしょうけど。直訳すればね。
何というか、その言葉に込められる感情というか、感覚というか、
重みというか、そういうものまで完全に同じじゃないんじゃないか。
まぁ、それは「殺す」に限りませんがね。
ただ、この言葉に関しては、人の命をどうこうする言葉なわけで。
「kill」って、確かに人の「命を奪う」という意味でも使われるけど、
壊す、とか、消す、みたいな、人ではないモノをどうこうする意味でも
よく使われる言葉って感じじゃないか。
転じて、日本語の「殺す」も、だんだん「kill」と同じような感覚で
使われるようになってる気がするけど。
って、昔からかなぁ?
私は小学生だか中学生の頃、先生に「軽々しく殺すとかいうな」
とか説教された記憶があって、それも影響してるんだと思うんだけど、
「殺す」という言葉って割と重かったりするんですよね。
とはいえ、ギャグマンガなんかのくだりで使われる場合は
それほど違和感は感じないんですが、マンガの場合は
ほぼ高確率で“本当に命に関わることはない”とわかっているので
そういう文脈で使われる分には自然と受け入れられる。
今回のNスペみたいなドキュメントでは、
「殺す」といった場合、本当に人の命を奪う行為であるわけです。
そういう意味では、「殺す」=「kill」なのか。
ただ、今回の話が、無人機を使ってテロリストを掃討する
というような話で、それがまるでゲーム感覚で実行できるということで、
彼らのいう「kill」は、どちらかというと、モノを消す、という方に近い?
みたいな気がして。
ま、Linuxとかのプロセスを消すコマンドはkillだったりするわけですが。
てか、「プロセスを殺す」とかいう用法は
コンピュータ界隈では当たり前に使われてたりするわけですが。
日常的にも、日本語の「殺す」も大分軽くなってる気がしますね。
てか、むしろ、「消す」とか「壊す」とか「絶交する」とか
隠語的にいわれる(訳される)方が逆に怖かったりするか…。
「絶交」はないか。
それにしても、こんなに殺す殺すを連呼してたら、
この記事、クローラーのNGワードに引っかかるかしら。

コメント

  1. makiko より:

    こんにちは。
    該当のNスペをみていないので
    推測でしかありませんが
    多分それは
    "Get"じゃないかな~と思います。
    Kill them というより
    Get them というほうが
    月影さんのご指摘のように
    ”軽い”または
    ”遠い”気持ちになるのではないかな~?と思います。
    私も、アメリカ兵やNATO兵の話をきいていると
    なんだか
    ”敵”という的にあてる。
    というのと
    敵兵を”殺す”という
    同じことなのに、言葉をあやつって
    精神的に楽にさせているような…
    そんな気がします。
    すみません。あまりうまく説明できませんが。

  2. 月影 より:

    get!なるほど。それはますますゲームっぽい感じがしますね。得点みたいな。

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