上京物語

正午を過ぎる頃、
それまで静かだったオフィス内は
昼食へ出かける人たちで慌しくなる。
外へ出ると、夏を思わせる快晴。
今日はひとりで
オフィスから少し遠い食堂へ出かけてみる。
天気の良い日は、歩くことがあまり苦にならない。
むしろ、それまで座り通しで仕事をしているので、
ちょっと歩きたいのである。
ガード下に並んでいる食堂の一軒に入り、
鉄火丼を注文。
水はセルフサービスなので、
水を汲んでから席に着く。
すると、その店のBGMに
何やら聞き覚えのある、
懐かしい曲のイントロが流れてきた。
シャ乱Qの『上京物語』だった。
レトロだな。USENだろうか。
私がこの曲をリアルタイムで聴いていたのは、
ちょうど大学受験のときだった。
まさに東京へ出ようとしていた頃。
当時はmp3はおろか、MDすらまだない時代で、
CDをカセットテープに録音して聴いていた。
東京へ受験に向かう私を、
駅まで車で送ってくれた母親が
わざわざホームまできて見送ってくれるのだが、
あのときの別れ際の物悲しい感覚が
今でも結構はっきりと思い出されるのである。
初めての一人立ち。
17年間家族の中で育った私が、
ついにその元を離れることになる。
当時の私にとって東京というのは、
友達も知り合いも誰もいない、
頼れる者もいない全くの異世界、
そんなイメージだった。
そんな漠然とした不安を何とか紛らわすために、
プレイヤーのボリュームを大きめに上げて、
汽車の中でその『上京物語』を聴いていた。
そのときの客車に漂っていたディーゼルの匂いと共に、
当時の不安と期待が入り混じったあの複雑な感覚が、
その曲を聴いていると想起されるのである。
鉄火丼を食べ終える頃には
店内には既に別の曲が流れていたのだが、
私の頭の中ではずっと『上京物語』が流れていた。
店を出て、再びオフィスへ向かう。
ゴウッと都会の雑踏に投げ込まれ、
過去の世界から一気に現実へ引き戻される。
考えてみれば、もうあれから15年になるのか。
あのときは、まさか私がこんな東京のど真ん中で
しかもフリーランスで仕事をしているなどとは思わなかった。
そんな度量も自分にはないと思っていた。
そして今の私も、
15年後の私のことなど、さっぱり予想できない。
ただ、予想ができないからこそ
人は夢が見られる。
※私の地元(鳥取)は列車が電化されておらず、いまだにそれを「汽車」と呼んでいる。

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